詰まない道

金光大神ご理解集に、
このような伝えがあります。

「死んだからといって、
神のおかげを受けないではいられまい。
死に際にもお願いせよ」

この言葉は、
人生の最後の場面に向けた言葉だ、
そう思われるかもしれません。

でも私は、
むしろこれは、
今を生きている私たちのための言葉
だと思っています。

今の時代、
人は本当に死が近いからではなく、
心の中で
「もう無理かもしれない」
そう感じたときに、
大きく立ち止まってしまうことがあります。

失敗した。
自分の居場所がない。
先が見えない。

そんなとき、
人は簡単に
「もう終わりだ」
と思ってしまいます。

けれど、
金光大神は、こう言い切られました。

人は、生きている間だけ
神のお世話になっているのではない。
身体の形が変わっても、
目に見えない命も、
天地の働きの中にある。

つまり、
状況がどうであっても、
人は決して、
神から完全に切り離されてしまう存在ではない、
という見方です。

だから、
強くならなくてもいい。
気持ちの整理がついていなくてもいい。

「お願いしてもいい」
そう思える場所があることは、
人生の行き止まりを、
行き止まりのままにしない力になります。

お願いできる場所がある。
そのことだけで、
もう人生が完全に詰んでしまう、
ということはなくなります。

いま、立ち直れていなくても、だいじょうぶ。
ことばにならない
モヤモヤを抱えていても、だいじょうぶ。

今日も、
お願いしながら、
過ごしていけたらと思います。

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