担う信心から、通す信心へ
心配を抱えていない人は、
この世に一人もいないのではないでしょうか。
祈っていても、どこか心配が残る。
それもまた、人として自然な姿だと思います。
よく
「お願いはしていますが、でも心配で」
という言葉を耳にします。
少し言い方を変えると、
それは
「逆立ちしながら歩いてきました」
と言うようなところがあるのかもしれません。
お願いはしている。
けれど心は、まだ自分で抱えている。
それは、信心が無いということではありません。
信心の流れが、少し止まっているのだと思います。
教祖は
「心配する心で信心をせよ」
と教えてくださいました。
心配をしてはいけない、ということではありません。
その心配を、そのまま神様のほうへ
通していきなさい、という教えだと受け止めています。
私たちは、ときどき
心配を担いこんでしまいます。
自分で背負わなくてもよいところまで、
つい、引き受けてしまうのですね。
そこから、
心配を神様に通す信心へ。
心配が出てきたとき、
「ああ、今、ここで立ち止まっているな」
そう気づくだけでよいのだと思います。
また、通せばよいのです。
担う信心から、通す信心へ。
今日もその一歩を、
神様とともに歩ませていただきたいと思います。
