信心は手厚く

教祖様は、
「信心は手厚くせよ。わが家で信心しておりますと言うのは、信心の抜けはじめである」
と教えておられます。

また、
「病気災難があったからといって、にわかに信心を始めるよりは、ふだんから手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神から心配してやる」
とも仰せられています。

信心は、何かあった時の“非常手段”ではなく、日々を通して育てていくものだ、という厳しいお示しだと思います。

この「手厚く」という言葉の中には、心の向きだけでなく、献備(おそなえ)も含まれているはずです。
年末に一年のお礼を申し上げながら、ふと振り返ってみて、ずいぶん手薄になってはいなかったか──そう自問せずにはおれない場面も、私たちにはあるのではないでしょうか。

「わが家で信心しております」と言えるほど、家庭の中で信心が行き届き、結構なおかげをいただいているのであれば、その信心は、ぜひ外へも広がっていってほしいものです。
信心は家の中だけで完結するものではなく、周囲の人をも生かし、助けていく働きを持つものだからです。

神様が「心配してやる」と仰せくださるような、手厚い信心を、日々の中で整えていきたいと思います。

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