2026年4月28日 / 最終更新日時 : 2026年4月28日 undo ブログ 真実は似て非なるものの間に 世の中には、「似ているけれど、まったく違うもの」があります。 「やさしさ」と「甘さ」。「自由」と「勝手」。「任せる」と「投げる」。「すがる」と「ぶらさがる」、「余裕」と「隙間」のような、よく似ていて、実は大きく違うものが […]
2026年4月10日 / 最終更新日時 : 2026年4月10日 undo ブログ 「正義といのち」 私たちは子どもの頃、とても分かりやすい世界の中で生きておりました。 正義の味方がいて、悪者がいる。たとえば『仮面ライダー』に出てくるショッカーのように、見た目からして「これは悪だ」と分かる。 ああいう世界は安心であります […]
2026年3月22日 / 最終更新日時 : 2026年3月22日 undo ブログ 生き通しのおかげ (令和8年3月20日春季霊神祭ならびに先代夫人岺子先生3年祭 祭主挨拶より) 教祖様がお元気なころ、ある人がこうお尋ねしました。 「金光様、あなたがお隠れになりましたら、この道はどうなりましょうか」 すると教祖様は、こう […]
2026年2月26日 / 最終更新日時 : 2026年2月26日 undo ブログ 迷〔心〕打破 金光教の教えに、次のようなお言葉があります。 「だれでも、生まれる日と死ぬ日とは自由にならないのに、生きている間だけ日柄とか何とかと言う。どのような所、日、方角も、人間に都合のよいのが、よい所、よい日、よい方角である。日 […]
2026年2月14日 / 最終更新日時 : 2026年2月14日 undo ブログ 証文のある世界で 「人間は、生まれる時に証文を書いてきているようなものである。」 そう教えられると、やはり一瞬、息が止まる。 しかも「生まれた時に悔やみを言いに行ってもよいくらい」という。 人生には、あらかじめ災難や不幸が織り込まれている […]
2026年1月16日 / 最終更新日時 : 2026年1月16日 undo ブログ 担う信心から、通す信心へ 心配を抱えていない人は、この世に一人もいないのではないでしょうか。祈っていても、どこか心配が残る。それもまた、人として自然な姿だと思います。 よく「お願いはしていますが、でも心配で」という言葉を耳にします。 少し言い方を […]
2026年1月11日 / 最終更新日時 : 2026年1月11日 undo ブログ それでお礼になる 金光教の教えに、こんなお話があります。ある人が、居ても立っても居られない思いでお参りをし、「突然お参りしましたので、何もお礼を持って来ておりません。何をお供えすれば、神様がお喜びくださるでしょうか」とお尋ねしました。 こ […]
2026年1月4日 / 最終更新日時 : 2026年1月4日 undo ブログ 大きい信心 「信心は大きい信心がよい」と教えられます。けれど、大きい信心というのは、難しい願いをたくさんすることでも、立派に信心することでもないように思います。 私たちはつい、「ここまでは神様にお願いできるけれど、 これは無理だろう […]
2026年1月1日 / 最終更新日時 : 2026年1月1日 undo ブログ 元日祭挨拶 新年あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。…… 令和八年、立教百六十七年。 当教会は、開教百十九年を迎えました。 今日は、年の初めにあたり、 私が心の底で感じていることを、 飾らず、包ま […]
2025年12月25日 / 最終更新日時 : 2025年12月25日 undo ブログ 「壊れそうなときに立て直す力」 結婚や恋愛の話になると、「相性が合うかどうか」がよく話題になります。最近は、価値観や条件をしっかり確認するロジカルラブとよばれる考え方も広がっています。 それは、失敗したくないというまじめな思いの表れでもあると思います。 […]